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景気過熱によるインフレを警戒したFOMCは同年二月二日、三月三日といずれも○・二五ポイントの小幅利上げを継続、フェデラルファンド金利は六・○%に上昇した。 そして、ニューヨーク市場のダウ平均は同年四月一四日に六一七ドル七八セント(五・七%)安の一万○三○五ドル七七セントと、過去最大の下落を記録した。
IT銘柄主体のナスダック指数は四月一四日に三五五・四九ポイント(九・七%)急落し、三三三・二九となった。 同年三月一○日に付けた過去最高値(五○四八・六二)から三四%も低下した。
このバブル破裂過程が始まったのを受けて開かれた二○○○年五月一六日のFOMCでは、なおバブル破裂への危機意識はまったくなかった。 これまでのFOMCでは○・二五%ずつの穏やかなペースで利上げが行われていたが、ここでは○・五%の大幅利上げが断行された。

この大幅利上げは、労働市場の圧迫に基づく将来のインフレ・リスクを警戒したものだ。 四月の失業率は三・八%と、九一年三月から始まった景気拡大局面でボトムを付けていた。
この大幅利上げが、ところで、日本銀行は二○○○年八月に○・二五%の利上げを行ってゼロ金利政策を解除し、翌二○○一年三月に量的緩和策を導入して事実上ゼロ金利政策に回帰した。 このためゼロ金利解除は失敗だったとして多方面から激しく非難された。
しかし、上記のようにFRBも二○○○年五月に最後の利上げ(しかも○・五%)を行い、二○○一年一月から慌てて利下げを行っている。 政策の方向性を七カ月前後で急転換したという点では日銀もFRBもまったく同じだ。
しかし最終的にバブルにとどめを刺すことになる。 FOMCは二○○○年五月にフェデラルファンド金利を六・五%に引き上げた後、ここで打ち止めとするが、六月から同年二月のFOMCまで、「リスク・バランス評価」を継続的にインフレ警戒型とし、金融政策姿勢を利上げ方向に傾けていた。
このリスク評価が「景気の弱さ」、つまり利下げ方向に転換されたのは、年の瀬も迫った一二月一九日のFOMCだった。 そして、その二週間後の二○○一年一月三日。
急激な景気後退を懸念したG議長は、電話による緊急FOMCを招集。 一気に○・五%の電撃的な大幅利下げに転じる。
その後も激しい勢いで利下げが継続され、同年八月のFOMC後にはフェデラルファンド金利は三・二五%まで引き下げられた。 年初の六・五%があっという問に半分になったのである(九月二日の同時多発テロもあって利下げはさらに続けられ、年末には一・七五%まで引き下げられた)。
ながら、FRBおよびFOMCは日銀のように一方的な非難は受けていない。 ひとつには、"相場師”Gは政策判断を誤ったときの"損切り”のタイミングが上手い。
また、二○○一年一月の緊急FOMCによる電撃的利下げのように、失敗のイメージを塗布するパフォーマンスが彼は巧みである。 また、後で述べるように、Gは誤りを決して認めない(これも中央銀行にとってのリスク・マネージメント?)。
結局、二○○一年を通じた大幅な金利引き下げの決断は、テーラー・ルール(GDPギャップやインフレ率から算出するフェデラルファンド金利の理論値)が示す金融緩和のスピードよりも遥かに速かった。 このFOMCの迅速な対応が、ITバブル崩壊の悪影響を和らげ、米国経済を日本のようなデフレの二の舞に陥ることから救出したと賞賛する評価は多い(もっとも、当時の日銀には金利下げ余地がほとんどなかった。

金利引き下げバッファーがたっぷり手元にあったGと直接比較するのはアンフェアな面もある)。 二○○○年後半の金融政策が実はバブル完全鎮圧を意図した政策であったことを、G議長は後に明らかにしている。
ここで彼は二○○○年の金融政策に関して次のように詳述している。 「当時はフェデラルファンド金利が実際(六・五%という)非常に高い水準にあった。
そして、あの時点でわれわれはバブルがはじけ始めるのを観察していた。 そして、その時、われわれはフェデラルファンド金利をあまりにも大幅かつ早急に引き下げて、すでに部分的に縮小してきたバブルを再び膨張させ、将来に禍根を残すことがないようにすべきだと考えていた」「そのため、われわれは、バブルの縮小過程が十分に進行しているとかなり自信が持てるようになるまで、短期金利を通常よりも長い期間にわたり、(高い水準に)維持した」この公聴会の狙いはG議長から経済見通しや財政に関する見解を聴き、予算編成に役立てようとするものだった。
彼の"謎発言”(二○○五年二月の議会証二二頁FOMCの利上げにもかかわらず長期金利が低下した現象)について、A下院議員が、二○○○年から二○○一年にかけての逆イールドカーブ(長短金利の逆転)と現状の相違点について議長に質問したのである。 議員の質問が直接、バブル破裂に関係したものではなかったため、G議長は警戒心を解いていたのだろう。
長短金利の逆転現象が発生した二○○○年の状況を上記のように解説していた。 このGの説明によれば、二○○○年当時のFRBは、IT株式バブル破裂について「瞬間的なものではなく、一定期間にわたり収縮が続いた」ことを観察し、この収縮当時のFRBの政策がバブルの完全収縮を意図していた点が初めて明らかにされたのである。
公式には、議長は二○○○年のIT株式バブル崩壊の傷は浅く済んだとしている。 しかし、多数の企業が破産し、失業率は三・八%から六・三%まで急上昇して、多くの国民が路頭に迷った。
Gは二○○一年七月の議会証言で、九○年代末から二○○○年にかけてのIT株式バブルとその破裂に関して、C下院議員(民主党)から、金融政策の失敗と非難されると、「私は中央銀行として、しかるべき措置を実行した。 将来、同じことが起こっても、同じように対処するだろう」と、胸を張った。

そして、「ハイテク部門の生産は平均で年率五○%も伸びていた。 これはまったく持続不可能なことだった」と付け加えた。
同議長はバブル破裂前の九九年には、米国経済について、「生産性が主導する非常に強い成長シナリオ」を提示、ニューエコノミー論を展開していた。 しかし、バブル破裂直後は、このようにハイテク部門の過剰生産を持続不可能だったと振り返っている。
G議長は、過去の政策対応について、対外的には決して誤りを認めなかった。 しかしながら、同議長は次のように金融政策をヘッジする発言を過去に行っている。
「金融政策が効果を現すまで、非常に長い時間がかかる。 したがって、将来の経済予測に基づいて政策を実行しなければならない。
しかし、将来の予測は非常に不安定である。 金融政策はその経済予測が正しかった場合に現れるプラスの効果と、われわれの予測が間違えた場合のリスクを考慮する必要がある。
そして、われわれは期待されるプラス効果が、判断を間違えた場合のコストを十二分に上回ると確信が持てるよう努めた」(一九九七年三月二○日の議会証言)G議長は巧みな話術で人々を魅了するが、常に論旨が一貫しているわけではない。 むしろ、論理矛盾を巧みな話術に乗せて、非対称のFRBトークの世界へと人々をいざなう名人と言える。
「マエストロ」(巨匠)と称される所以であろう。

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